10月も終わろうとしている。今更ながら、会社から支給されている弔慰金を受け取りに本社の経理に行った。直接受け取りに行かなければならなかったが、なかなか本社へ行く機会もなく、7月に行ったときには約束を忘れられていて、経理の担当者が不在。やっと受け取ることになった。改めて「ご霊前」と書かれた不祝儀袋を受け取ると父が亡くなる前後のことが思い出される。今日はブログを書き始めた日に話がさかのぼることになる。まだ読まれていない方はリアルな様子と併せて読んでほしい。
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2022年6月5日(日)
前々から考えていた、父の闘病の様子を投稿するとともに記録として残しておこうと考え、初投稿した日である。
リンクはこちら→https://namakonohitorigoto.com/toubyouseikatunohajimari/
2日前に主治医の先生から電話があった。そのときのメモは以下の通り。
血中酸素濃度が低くなっているため、肺と心臓に水が溜まっている(心不全)とのこと。発熱もあったので帰宅するのは危険と判断し、緊急入院とした。利尿剤や抗生物質を使って、体から水分を抜く治療を行う。順調にいったとして2~3週間治療にかかる。回復しない限り、白血病の治療はできない。現在は重症というわけではないが、高齢のため感染症のリスクや急激な重症化も考えられる。急変時の対応について再度確認された。心臓マッサージや人工呼吸器の装着は行わないことを了承した…
この話を聞いてから、面会が出来ないが、母は毎日のよう病院へ足を運び様子を聞いてきていたので、私は様子をうかがうために母に電話をしていた。その最中に父からの電話が入ったので、母との通話を切り、父と会話をすることにした。そのときの一言目がリンク先の言葉である。酸素を吸入していて、体力も落ちてきているのだろう、苦しそうな元気のない声だった。どうやら看護師さんにお願いして電話をかけてもらい耳にあててもらっているようだった。
「どこか痛いところとか、苦しいとかある?」と聞いても、「無い。とにかく力が入らないんだよ…もうダメだな…」そんな弱気な言葉しか返ってこない。私も「先生が治療してくれるからつらいけど頑張らないとね」と言うことしかできなかったが、父は「わかってるよ。頑張ってるんだけどな…」と。そうだよね、頑張っているのに「頑張って」なんて言葉しかかけられなかった自分が情けなかった。「じゃあな、切るぞ」そう言って電話が切れた。わずか2~3分だったが、胸が締め付けられる思いだった。何も出来ない自分は先生に全てを預け、神に祈るしかなかった…。