四十九日法要と納骨式へ向けて準備を進めるとともに、役所をはじめとした各所の手続きがいろいろとあり、落ち着かない日々を送っている。もろもろの書類も集めなければならず、しっかり整理しないと訳が分からなくなる。
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2022年5月9日(月)
午前中実家に向かう。今日は検査の結果を聞くとともに再入院をすることになっているためである。実家に着くと「行かない!」と駄々をこねる父の姿が。まだ、パジャマを着ている。
ここ数日は睡眠薬の効果か、少しは眠れているようだが食欲はそれほどない。とにかく、先生の診断を受けなければ今後の治療も進められないので、なだめて出発の準備をする。お気に入りのハットをかぶり外へ出るものの、少し歩くと息があがってしまうため、近くまでタクシーを呼び病院へ向かう。病院までの道中、検査結果がどのようなものなのか不安な気持ちが募る。どこかでは、軽症で数か月もすれば元の生活に戻れる可能性もあるのではないかなどと考えている自分がいた。
病院へ着くと、入院のための手続きとともにPCR検査が行われる。その検査場へ数十メートル歩いただけで、息があがっている。看護師さんからはここから先も移動するので車いすを借りてきた方がよいのではないかと言われ借りてくる。数日前から喉が渇き痰が出るという症状があったため、PCR検査の結果が出るまで、地下の駐車場脇に設置された検査場の一角まで誘導され、そこで待つように言われる。そばには感染症患者の入り口があり、防護服に身を包んだ医師や看護師が出入りしている。
待っている間にはコロナに感染していたのだろうか、まだ1歳にもなっていないのではないかと思われる小さな子供を迎えにきた若いご夫婦がいた。しばらくぶりの再会だったのだろう。母親が嬉しそうに抱きかかえると、子供の表情はゆるんだ。「かわいそうにな。あんなに小さいのに。」その様子を見ていた父がつぶやいた。父はコロナの感染が広まってから急に外へでることをためらうようになった。感染してしまうことが怖いと常に言っていた。コロナに対しての警戒心と、憎しみは家族の中で一番強かったといえる。40分ほど待たされたのち、陰性であることが告げられ、病棟まで上がっていくことを許可された。もしコロナに感染していたら父は相当落ち込んだと思うので、少しホッとした気持ちで車いすを押してエレベーターに向かった。(続く)