父が亡くなった日、実家のガスコンロが壊れ火がつかなくなった。数日後には蛍光灯がジージー音を立て始め交換が必要になった。そして先日私のパソコンも壊れた…。長年頑張って働いてくれたモノたちも使命を全うして寿命を迎えたのだろう。感謝。
父は病気にならなければ、もっと長く生きていただろう。父方の家系は長生きで、祖父母はともに90歳を超えても元気だった。やりたいことだってたくさんあっただろう。そう思うと胸が苦しくてたまらない…
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2022年5月9日(月) 続き
病気に打ち勝つためには気力が大事だと感じていた。しかし、今の父にはその気力があまり見えない。「先生にお任せして、治療をして早く元気になってよ!」といったことを言っても、「治療しなければならないこともわかっているし、頑張るよ。でもさあ…」そのあとの言葉が声にならない不安や絶望を感じているように思えた。
父はこれから1週間ビザーダを皮下注射し、ベネクレクスタの内服も併用していくとのこと。高齢者であるため、強い治療は行えないことと、白血球が減少するため感染症になりやすくなること、赤血球が減少するため貧血が起こる可能性があること、血小板が減少するため、出血が止まらなくなるので、ケガに注意すること。特に脳内での出血は致命傷になること。などの説明があった。また、急変するリスクも常にあり、本人が意思表示できなくなるまえに対応を決めておく必要がある。具体的には、人工呼吸器や昇圧剤、心臓マッサージなどを行うかどうかという確認である。心臓マッサージは肋骨が折れる危険性もあり、更に苦しむことがある。人工呼吸器や昇圧剤を使って命をとりとめたといても、植物人間のような状態になってしまう可能性が高い。との説明があり、本人を目の前にして苦渋の決断ではあったが、私の中ではこのような措置を行うことで更に苦しむことになってしまっては可愛そうだという思いが強く、急変時にもこれらの措置は行わないということに同意し、書類にサインをした。
人生で何度も自分の名前は書いてきたが、このとき人生で一番手が震えていたと思う。
その後、父は病室へ移動し、私と母は先生に誘導され、病棟の出口へと向かった。そのとき私が「全幅の信頼をしていますので、どうか父のことをよろしくお願いします」と先生に伝えると「多くのスタッフが関わって見守っていきますのでお任せください」と。大きな病院なので大勢の目で確認しながら、何かあってもすぐに対応してくれるので、そういう点では安心である。私は午後からの仕事に向かうため、最寄りの駅で母と別れた。いつもより小さく見える母の背中を見送った。